僕の原点は、初めて社会人になった時、不動産業界の社長秘書をさせていただいたことだと思います。
3年半ほど社長秘書をし、車の運転からスケジュール管理、打ち合わせへの同席、接待にもご一緒させていただきました。
社長がお付き合いされている方は経営者や富裕層の方が多いので、そのような方々への対応を間近で見ていました。
そのおかげでお客様への対応やおもてなし、立ち振る舞いが自然と身に付き、今フェラーリを販売する上で活かされていると思っています。
一番最初に始めるお仕事で、社長秘書を選ばれた理由を教えてください。
実は学生時代にサーフィンに打ち込んでおり、大学卒業後3年間は九州に移住してサーフィン三昧でした。
そんな中、周りの人が就職し始めて不安になったんです。
今でこそサーフィンはオリンピックの競技になったりと注目されていますが、当時の日本では競技もなく、職にしても生活出来ませんでした。
そこで関西に戻る決意をした時に、友人から社長秘書を紹介され、面白そうな仕事だと思い飛び込みました。
そのお仕事で苦労したことを教えてください。
すごく良い経験をさせていただいていたのですが、プライベートの時間がなかったことが辛かったです。
会社が休日でも、社長から指示があった場合は出勤になります。
デートしてようが旅行をしてようが、社長から電話がかかってきたら行くという世界です。
車で現地まで送った後5時間〜10時間ほど待機することも多々ありました。
振り返ると、この時期に忍耐力、精神力が非常についたと思います。
そんな忍耐力が必要なお仕事を続けられた理由は何ですか?
やっぱり、社長が好きだったからです。
沢山辛い思いをしましたが、辛いことと同じくらい嬉しいこともあり、経験を積ませていただきました。
当時は辛いという感情しかなかったですが、今になって思えば辛い時ほど得られるものが多いという風にも思い、感謝しています。
その中、オートカヴァリーノに入社しようと思われたきっかけを教えてください。
社長が代表取締役を辞任され、私も次のステージへ進むタイミングとなりました。
車と音楽が好きだったのでカーオーディオのサウンドシステムを作る会社に入り、約3年ほど勉強させていただきました。
その中でやはり、お客様と接する仕事がしたいと思い、車の営業に転職しました。
そこからロータスのディーラーで5年ほど働きながら中古車も販売していました。
当時一緒にロータスを販売していた先輩から神戸にフェラーリのディーラーができることを聞き応募したのが、オートカヴァリーノに入ったきっかけです。
オートカヴァリーノに入社してから、大変だったことを教えてください。
2018年の被災ですね。
店舗がなくなり何十台というフェラーリを沈ませてしまいました。
ただ、絶望の中で田畑代表が「再び一からやり直そう」という決断をしてくださったことは本当に嬉しかったです。
「ここが終わりでなくて、ここからがスタート」だと思わせてくださった、GLIONグループの幹部皆様の決断に感謝ですね。
この被災は、「一からまた始めて絶対にオートカヴァリーノを日本一にする」という決意ができたタイミングでもあります。
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